ある日の夕方、冷たく乾いた空っ風が吹いていた。
佐藤百合子は、風の中を必死で走っていた。

「息子さんが学校帰りに車にはねられた。」
と近所の人から知らされたのは、わずか3分前のことであった。それを聞いたとたん、百合子は、息子が運ばれたという近所の病院に向かって、サンダルのまま駆けだしていた。

「ああ、あの子は死んでしまうかもしれない。」

百合子は、走りながら考えたくもない最悪の事態を想像してしまった。そのとたんに、強い動悸が百合子を襲い、のどがひりつくように痛く渇いた。身体全体がヒリヒリし、いそいで病院に行こうと走っているつもりなのだが、手足は麻痺してしまったかのように鈍く重たく思うように動かない。このまま私まで一緒に死んでしまうのではないかしら。強い恐怖に襲われた百合子は、思わず叫び声をあげた。

「いやだ~!!」

百合子の絶叫に、道行く人が振り返る。叫びながら走っていく百合子の姿は、通行人の目にも異常に写った。

「佐藤さん、佐藤さん、どうしたんですか?」
そんな百合子を見つけて、走って追いかけてきた男がいた。パート先のクリーニング屋の店長である。

「息子が、息子が車にはねられたんです!ああ、あの子にもしものことがあったら!!!」
百合子は、それだけ店長に言うと、ふらつきながら、なおも駆け出そうとした。

店長の見た百合子の様子は、普段の元気な「肝っ玉母さん」のイメージからはほど遠いものであった。ショックで目は恐怖におののき、顔は真っ赤に紅潮していた。いてもたってもいられない様子で、まったく落ち着きをなくしており、パニックに陥っているようだった。

「佐藤さん、私も一緒に行きましょう。」
店長はとっさに百合子の腕をとり、かばいながら一緒に病院へ向かって走り出した。

百合子と店長が病院に到着したとき、百合子の息子、慎治は病院のベッドの上で眠っていた。

「先生、息子の様態は…、まさか、まさか…!!」

「お母さん、心配することはありませんよ。慎治君は眠っているだけです。足の骨にひびがはいったようですが、そのほかには傷もなく、ギブスで固定すれば数週間で完治しますよ。」

医師はおだやかに言ったが、百合子は完全にパニックに陥っている様子で、医師の声も届いていないようだった。

「ああ、慎治、慎治ぃ~。あなたにもしものことがあったら、お母さんも死んでしまうわ!」
百合子はそう言って、眠っている慎治の上に突っ伏した。

「お母さん、お水をどうぞ。」

そのとき、優しい看護婦の声がした。百合子はその声にはっと我に返り、彼女が差し出した冷たい水を飲むと、気持ちが落ち着いてきた。

「ありがとう。おかげで落ち着きました。慎治はもう大丈夫なんですね。」

「はい。もう心配いりませんよ。明日、もう一度検査して、なにもなければ退院できますよ。」

そういった医師に向かって、百合子はふかぶかとお辞儀をした。

「ありがとうございます。取り乱してしまって、もうしわけありませんでした。慎治を産んだとき、あまりの痛みのせいかこの子も私も死んでしまう、とものすごく怖くなったことを思い出してしまって、今回の事故でもわけがわからなくなるぐらい怖くなったんです。あのときは、大変な難産で、私も慎治もおしっこまででなくなったりしたものですから。」

医師は微笑んで言った。
「安心してください。慎治君は、事故の大きさの割にはけがも軽くて、冬休みまでにはきっと松葉杖なしで歩けるようになりますよ。」

医師と看護婦が退出した後、店長が百合子に言った。

「よかったね、佐藤さん。普段の元気であかるい佐藤さんがあれほど取り乱すとは、慎治君のことがとてもかわいいんだね。お店のほうは心配しなくていいから、ゆっくり看病するんだよ。」

安心したように微笑んだ百合子は、眠っている慎治の顔をそっとなでた。

いつの間にか風もやみ、おだやかな夜の訪れがせまっていた。

アコナイトは高山植物です。高山では色々なことが突然起こります。突然雨が降ったり、突然嵐になったり。アコナイトは、何らか「突然」ということに関係するレメディです。

突然何かが起こったとき、たとえば誰かがワッと驚かせたりすると、心臓がドキドキして精神的にダメージを受けたりします。そのように、突然な出来事に対して起こってくる一連の症状像が大きな特徴です。