臨床の現場でのホメオパシーの現状とは

ハーネマンアカデミーでは、この夏、ドクターのためのメディカルコースを再スタートします。なぜ今メディカルコースが必要なのか、医療現場でのホメオパシーの現状など、当校で学ぶドクターたちを迎えて行われた座談会の様子をご紹介します。

医師が真のPhysicianを目指すメディカルコースを再スタート。

(永松先生)

今日はメディカルコース開講にあたって、当校で学んでいる医師のみなさんと、医学会の現状とホメオパシーについてお話しする機会をいただきました。

今年度から、以前行っていたメディカルコースを復活することにしたわけですが、ホメオパシーをどうやって日本に健全な形で定着させていくかというときに、最も重要な鍵になるのが、Physician、即ち「人間存在の道理に基づいた真の医師」の育成だと思います。
そこには二つの方法、流れがあると思います。1つは、私のように医療的な資格を持っていない一般の方たちや、看護師、薬剤師、柔復師、鍼灸師など、医師以外の医療従事者が、真のPhysicianに向かっていくという流れです。
そしてもう1つは、医師、歯科医師、獣医師で、もともとホメオパシーに興味があり、なんらかそれまでの通常の医療にどこか疑問を感じていた医師が、真のPhysicianになっていくという流れです。しかしその時には、それまでの自分の殻や思い込みをひとつひとつはがしていく作業が必要となり、それを最初から一般の方たちと一緒にやっていくのは難しいのではないか、ドクターという「仲間」のなかでそれをやりながら、後に合流していく方が自然ではないかという主旨でつくったのが以前のメディカルコースです。今でもその意味はあると思っていますが、ここにきて、わざわざ分ける必要もないのではないかと感じるようになりました。

二つの流れがあると申しましたが、特に医師免許を持っている人に、真のPhysicianになってもらわなければならない、ある意味生まれ変わってもらわなければならない、それをより進めなければいけない、と強く決意しました。
本来はこれが本命なんです。本来ホメオパシー、人間の道理に基づいた医療は医師がやらなければならないものなんです。それが医師というものであり、Physicianなんですから。しかし「医師免許取得者」が医師でないと申しますか、Physicianになる訓練を受けていない、というところに最も根幹的な問題があるのです。

医師のみを対象にしたホメオパシー医学会という団体がありますが、医師がPhysicianになっていくことを、医学会だけに任せていたのでは難しい。残念なことにそこでは最もホメオパシー的でないような状況が続いているからです。医師がPhysicianになっていく道を研修するのではなく、単に「医師免許取得者」を変革しないままで特別扱いし、「医師免許取得者」以外を排除するための「圧力団体」のようになっています。
一応そこで短期間のホメオパシー研修を受けたけれども、事実上何もできない、ある種「難民」になっている人がどんどん増えています。それは当然です。何年もかかる研修を、たった一週間程度の研修でできるわけがありませんから。それは医学会だけの問題ではありませんが。
ホメオパシーをちゃんと学んでみたいという高い志を本来持っていた人たちを、その原点に引き戻したい、そういう状況を捨ててはおけない、我々としてもそこに力を傾注していきたいという強い思いがあります。

そこで、夏休みに行う集中コースからスタートして、スーパーバイズ付きのセッションを2年生から行う『メディカルコース』をスタートします。このコースでは、勉強したはずなのに、なぜうまくいかないのかを含めて、ある程度のことができるようなカリキュラムを5日間やり、それをきっかけにして、本格的に4年制のコースに入ってもらえたらと思っています。

「現代医学から一度も離れずホメオパシーを学ぶ」というのは、
本物のホメオパシーを学びPhysicianに生まれ変わるチャンスを失うこと

(永松先生)

ここにいらっしゃるみなさんは、医療の現場にいらっしゃって、ホメオパシーを学ばれている方ばかりです。潜在的にホメオパシーに興味のある医療従事者、興味があっても途中になっている人たちに向けて、メッセージを発信してもらえたらと思います。

(小泉さん)

4年前に医学会の基礎コースをうけて、はじめはこちらと並行していました。あまりの違いにびっくりしたのは、オルガノンとか、ホメオパシーの歴史とか、ハーネマンの話とか、基本に全くふれられなかったのが、えっ!という感じで。そこを素通りして、現代医学のセミナーと同じように、メカニズムやデータの話から入っていったのが、もったいないというか。せっかく一番興味があって楽しいところをなぜやらないのかなというのが正直なところでした。

それと、言われて驚いたのは、「あなたがたはドクターなんだから、そこから離れる必要はない」と。その中からホメオパシーをやって、だめならすぐ戻ればいいという話をされたので、それでは本当のホメオパシーができないんじゃないかと思って。もちろん現代医学を否定するわけではなくて、いったん忘れてゼロから勉強して、もう一回やっぱり現代医学も必要だとわかってやるならいいけれど、初めてきた人に、「今までの医学を離れる必要はないですよ。ホメオパシーのいいところをとってやってください」と言われると、そういう考えが流れているなと感じて嫌になっちゃったというか(笑)。年次大会も、最初は一生懸命やっている印象があったんですけど、聞いた話では、最近はだんだん変な自信のようなものに変わってきていて、レパートリーでこのルーブリックスで、このレメディー、って表面的な症状だけでぽんぽんとやっているようで、それではハーネマン・アカデミーで日々みている色々な先生のケース分析などとは程遠くて、表面的なところしかとれていないのではないかという感じがしました。

(永松先生)

「みなさんは今までのパラダイムを変えなくていいんですよ」というのは、ある種、医師にはウケるんです。それは、今までの枠組みを壊さなきゃいけないんじゃないかという不安を、ある種「救ってくれる」んだけれど、それによってホメオパシーをやっていくせっかくのチャンスがなくなっていくというか。あれは非常にもっともらしい、すごく大きな毒のようなものかなと思っています。でもそういう言葉が良かったという人は案外いるんです。すごく残念なことだし、そんなことではホメオパシーをやる意味はないですよね。それこそ一冊本を読んで、ちょっとレメディーを試してみる、その程度でいいようなことになっちゃうので。今のお話で、最初の大事な話をしないのにはびっくりしたんですが、その程度は本に出てるという意味なのでしょうか。

(小泉さん)

ケントはスウェーデンボルグの影響をすごく受けているので、ああいう神秘主義的なことは今は否定されているというので終わってしまうんです。その中にホメオパシーならでのエッセンスや醍醐味や素晴らしさがあるのに、あれは過去の遺物であり、我々は現代のホメオパシーをやればいいんですよみたいなことを言われて。ケントを全部通読してその判断ならまだいいんですが、全然知らない人の前でそれをいってしまうと、我々は過去の巨人に学ぶことなしに、単に今の人がやっているホメオパシーをやればいいんだと勘違いされてしまうんじゃないかと思います。あれだけ素晴らしいものがあるのにそれに全く触れないというのは残念ですね。

(永松先生)

ホメオパシーの学会があること自体は社会的意義が間違いなくあると思います。医学会はもともとこちらで勉強をしていた方々が中心となってはじめられて、その話を受けたときに「それはいいことですね。できることは支援します」と話してしばらく様子をみていました。間違いなく存在意義はあって、要は中身がよくなってもらいたいということが非常に大きな願いです。今のままではどうしようもないので、早く次の段階にいってもらいたいなと思いますが。天井先生は今のお話をうけてどうですか?

(天井先生)

私は小泉さんと違って、2年くらい勉強したあとに医学会に入って、行ったのは一年だけなんですが、お二人と同じような事を感じたんです。あそこに行ってどれくらいの方が、これではいけないと気づけるのか、その気づいた方をきちんとした方向へ導いていくのが難しいかなというのがあって。やはり医者は、医者の世界にいる安心感というか、外に出る恐怖というか、なかなかそこを突破できない人も多いし、そこを突破できるほどの魅力が必要なのかなと思います。

(永松先生)

そうですね。確かに医師は医師だけで、そのなかで十分生きていけるものですから。人の生死を扱っていくので誰にも侵害されませんし、患者さんは無限に存在するわけなので、そこから出て行かなくても独立的にやっていけるということがありますね。そこには多少厚い壁があるのですが、その壁を乗り越えていけるだけの魅力、魅惑というか、やらなきゃいけないんじゃないか、やらざるを得ないという力を、我々もより磨いて、より表現していきたいと思っています。

ホメオパシーと現代医学、2つの流れを共存させて
本物の医療をここから発信したい

(永松先生)

4月から鹿児島で九州校を開校しました。4年生の堂園さんはご主人と鹿児島で堂園メディカルハウスを10年近くやってこられているんですけれども、ここで勉強されてどのようなことをお考えになって、これからどのようなことをされていきたいのか、お話いただけますか。

(堂園さん)

医学部生と話をして知ったのですが、医学部のなかで医者はどうあるべきかとか、健康とは、死とはといったことを話す機会は全くないみたいなんですね。膨大な量の試験対策に追われて、目の前のものをこなしていく。5年生になったら実習におわれ、6年になったらほとんど国家試験の丸暗記対策におわれ、それで医師になったらものすごい権威が与えられるんですよね。鍼も打てるし、薬剤師と同じようなこともできるし。そういうなかでは、医師という資格をもっていれば、なんでも身体のことを知っているんだという感覚を簡単に持ってしまうんです。でもそれは医師自身だけじゃなくて、まわりの教育体制だとか、日本の医学会そのものや大学の医療体制とかにも問題があって、お医者さんもかわいそうだなという感じもしています。

私たちは町の小さな診療所で、自分が良いと思った医療ができるという立場にいます。医局との関係もないし、父の代から漢方や鍼治療を積極的に取り入れてきたという土壌があって、患者さんに本当の意味で健康になっていただくためにはどんなことがいいかと、常々話をしながらやっています。たとえば、アトピーがひどい看護婦さんに食事の面から見直しをしたらすごくよくなったんです。そうすると、アトピーの原因は食事やストレスもあるとか、単なる皮膚の病気ではなくて、心理的な苦痛、肉体的な苦痛、社会的な苦痛もあるとか、それはまったくホスピスの考えと一緒です。街のお医者さんとして苦しんでいる人がいたらなんとかしたいという思いでやっています。

以前、うちの院長自身が鬱病になりまして、3年間トンネルにいるような状況だったんです。そんななか根本的なところから考えてくださる一人の精神科のドクターと、そして永松先生との出会いがあったんですね。そしてうちの医療のなかに、もうひとつ、ホメオパシーが加わりました。

これからは、二つの流れが共存していくような、といってもうちの治療は今の標準的な治療の流れとはちょっとちがった、院長独自の考え方の治療で、もともとかなりホメオパシー的な西洋医学ですので、相反するものが一緒にいるのではなくて、同じような感じのものが2つある感じですけど。どうしても保険治療の枠組みのなかでやらなくてはいけない医療と、そうでない部分を一緒にやっていけたらと。

いま根本の源流のところ、医療を与える側の医師、看護士のところで、きちんとしたものが根付いてほしい。微々たる力でもちゃんとしたものを発信したい、そういう思いでやっています。

(永松先生)

院長がやってらっしゃるホメオパシー的な西洋医療と、メディカルハウスという名前をどうしてつけられたのかというところを少しお話しいただけますか。

(堂園さん)

患者さんとしては、アトピーの方、心療内科的な患者さん、癌の末期の方と、大きく分けて3つのパターンの方がいらっしゃいます。ホメオパシー的な西洋医学というのは、単にお薬を処方するのではなくて、患者さんにとって何が根本的に治癒されるべきなのかを見極めて、ご家族をお呼びしてみんなで家族関係を考えたり、入院中に自分のことを考えたり、日記を書いて院長とやりとりしながら考え方を少し切り替えるとか、そういうことをしています。癌の末期の方のホスピス医療に関しては、たとえ終りの日が近いとしても、いかにその方が納得されて人生をまっとうしていけるか、その日その日、一瞬一瞬をよりよく生きることができるか、それをちょっとでも援助するような医療ですね。そういうQOLの向上です。たとえ最後がきても納得できること。その方が亡くなった後のご家族が、悲しみのなかでもちょっとでも癒されるような医療をやっていきたいなと思っています。

メディカルハウスという名前は、病院のなかに家庭を持ち込みたいということです。病院という枠組みのなかで、患者さんはpatientという役割を押し付けられています。patientには忍耐という意味もありますよね。そういう過ごし方ではなくて、個々の患者さんがご自分のおうちのようにそこにいることができて、単に身体へのケアではなくて、ハード面でも患者さんを癒すことができ、その方を取り巻くご家族、ペット、お孫さんもケアできる、そういうハウスにしたい。もうひとつは、バウハウスのハウスをイメージしていて、ここから新しい医療を発信したいという意味もこめて、メディカルハウスをつくりました。

(永松先生)

そうですね。最初におっしゃった、医学部では死とは何かとか、そういうことについて何も話がないというのはそのとおりだと思うんです。今の医療には死というものがないというか、病院のなかには死はたくさんあるけれども、ただ通り過ぎているだけで、いわゆる医学が及ばない必然的な結果として、敗北的な死があって、死と言うものをまったく経験していない。森有正的にいうと、死というものを「体験」しているだけであって「経験」していないという、極めていびつな状態というものがあって、人間の生というものをきちんと正面から見据えていないというのが問題としてあると思います。

症状は全て道理に根ざしている
大切なのはその方にとって何が解決されるべきかを一緒に考え、共有すること

(小泉さん)

私は2005年の7月に今の病院をオープンして、同時に1年生をはじめたわけなんですが、新しい変わったタイプの病院ですので、最初どうやっていこうかと非常に迷った部分がありました。一番自分が欲しかったのは、軸となる、その根っこになるようなものです。患者さんから「良くなるんでしょうか、大丈夫なんでしょうか」と言われたときに、大丈夫といったら無責任になるし、大丈夫じゃないといったら不安になるし、自分はどう言ったらいいのかと悩んだ部分があったんです。それが授業を通して、人間には固定的な健康がないのと同じように、とてもダイナミックな存在であるということが自分の中にしっかり入ってからは、あまり動じないで自信を持って言えるようになったのが一番良かったと思います。

私がやっているような治療を取り入れようとしている先生もいらっしゃるんですが、自分がどこまで治せるかわからないということを不安に思う先生も多くて、先生はどうお考えなんですかと聞かれるんですが、「僕は治そうと思ってない」と言っているんです。前は「一生懸命治そうと努力してます」と言っていたと思うんですけど、治してやろうというのではなくて、底上げしてあげることで、その人が治っていくということが深いところから実感できたんです。それを日々実践していって、それが患者さんからかえってきたときに、これでよかったんだなというのを日々くり返し、その積み重ねで今に至っているかなと。

歯科は痛みが出たとか取れたとか、目に見える結果、感情と直結したような症状が多いので、一般の先生はそれを避ける治療が主になってしまって、とにかく取れないように痛くないようにと、どうしても表面上の治療になってしまっているんです。そこを一歩踏み越えて、その人にとって何が大事かというのを説明して、それを患者さんとわかりあえた時に、揺らぐ事のない信頼関係を築けたというのがあったので、そういう風に乗り越えていけたら、正しい治療にむかっていけると思うんです。歯科の場合は数が多く、保険の問題もあるし、患者さんよりも歯科医の問題とか、経済的な問題とかで扱われてしまっていてすごくもったいないと思う。最近特に、インプラントという、歯科では先進の治療がありますが、ある意味すばらしい治療ではあるけれども、その反面、非常にからだに負担がかかる治療で、入れたときはいいけれども、その後非常にトラブルが多いと聞いているので、ハード面だけではなくてソフト面の治療も大切です。もちろん技術は大事だけれども技術だけじゃない。自分がそういうことを発信していけたらいいなと思っています。

(永松先生)

前にやってらっしゃたことから今のことをやられるようになった流れのなかで、ハーネマンアカデミーで勉強されたことは、どんな風に関わっていますか?

(小泉さん)

ホメオパシーは全部に通じてくるので、すべてが道理に根ざしていることから起こっているんだなということが実感できました。たとえば歯が腫れたにしても、詰め物が取れたにしても、痛みが出たにしても、その背後にはその人を取り巻く事情とか、その人ならではの感受性が色濃く出ているということを実感できたので。ただ、腫れたからこれという処置だけではなくて、そういう状況に陥ってしまった根源的なところをみつけていって、ともにそれを解決していくというのを、患者さんと共有しながら納得しあって進めていくということができてきたというのが、勉強してすごくよかったことだなと思います。

(永松先生)

視点が変わるの「視点」という言葉は、実際にはすごく大きなことで、視点というのは結局はその人の世界観ということになってくるんです。見方が変わるというのは、実は人生が全部変わるっていうことなんですよね、本当は。言葉でいうと、ちょっと見方が変わっただけみたいなイメージを持ちやすい言葉なんですが、実際にはすべてが変わってくることを意味しているんです。

そして未病という言葉、これをどう定義にするかというのは色々あると思うんですが、いわゆる中医学での未病というのは、ホメオパシーでは既に十分大きな病に発展している段階だと思っているんです。ただ一般的に未病といわれる段階では、少なくとも人間から見て組織的な変化はわからないような段階ではありますよね。ホメオパシーではもっと根本的にいうと、病というのはその人の存在の在り方のでこぼこそのものから発するので、そのレベルでは病という名前を通常つけていないと思うんです。

様々なアプローチができるのがホメオパシーの素晴らしさ
現代医学の壁を感じているドクターにぜひ知ってほしい

(永松先生)

天井先生はこちらに入られる前、しばらく医師の仕事はお休みになっていて、そして勉強されて、現在は患者さんをみながら教えてもいらっしゃいますけれども、現在どういうことを感じられているかお話いただけますか。

(天井先生)

もともと大学病院の皮膚科に5、6年いて、そのなかで、非常に居心地が悪いというか、自分がなにをやっているんだろうと思うことが多かったんです。その当時はあまり突き詰めて考えることがなく、そこから逃れたいという感じだったんですけれども、振り返ってみると、薬の使い方だとか、薬そのものの作り出され方とか、いったい何のためにという、根本的なことを考えずにいろんな治療が行われていて、本当は患者さんのために何かをする立場にあるはずなのに、余計なこと、やってはいけないことをしているんじゃないかという恐れがあったように思います。それから5年くらい勤めて辞めてしまって自分でも何をしたらいいのかわからない状態でいたんです。ただ、医療に携わりたいというか、患者さんをみたいという思いがあって、代替療法と呼ばれるようなものに手当たり次第、首をつっこんでみたりしたなかで、ホメオパシーに出会ってこの学校に入りました。

一番に学んだのは、ものを考えるということ。自分が医療現場で感じたことがいったい何であったのか、医療現場でいったい何が行われているのかをきちんと考えていく姿勢ができた。そしてどうしたらいいのかというのを考えていくことができるようになったと感じています。実際のところ私は医療現場を離れてしまったので、医療現場に還元することができない、そのあたりにもどかしさを感じていたんですけれども、卒業して患者さんをホメオパシーでみることを始めて、患者さんとじっくり向き合えるということに満足感をおぼえています。現代医療のなかでは、ある程度治療の方法は決まっていて、壁にぶちあたるとどうしようもないという虚しさを感じることが多いんですが、ホメオパシーを学んで、いろんな考え方をすることができて、視点を変えてみると別のアプローチがみつかったりとか、自由な感じで患者さんをみていくことができる、そのあたりはやっていて幸せを感じるんです。ただ大変なのは大変で、精進していかないといけないというのは、やればやるほど出てくるんですが。(笑)いわゆる現代医学の現場で虚しさを感じている医師は非常にたくさんいると思うんです。そういう方に何か伝えられるというか、別の道が開かれるような、そういうところに繋がっていけるといいなと思ってます。

(永松先生)

そうですね。考えるということ、今やっていることは何をしようとしていることなのかを考え抜くということは重要なことで、これなしには何も始まらないし、これはすべての基礎というか、ここでは本当の基本、基礎というのを、太いところから打ち立てるということを最も重要な事として考えています。おっしゃる通りなんらかそこに虚しさを感じている現場の人は多いと思うんですが、どうやって突破したらいいかなかなかその答えがない。いわゆる医学の研究をしても、そこが突破できるわけではないので、どうしても虚しさというのがつのってくるのかなと思います。そことちゃんと向き合っていくというのは素晴らしいことであると同時に、とても大変なことですし、われわれ自身の全存在が何もごまかさずそこで試されてくるということなので、最終的に残るのは一対一で人間同士がどういう風に対峙していくかということだと思いますが、まあ、これからも一緒に精進してまいりましょう。(笑)

幸和先生からも、今までの10年半の歩み、特に現在、現場で医療をやってらっしゃる方へのメッセージをお願いします。

(幸和先生)

日本でホメオパシーをと、夫婦でスタートして様々な経験をさせていただきました。楽しい事、苦しかった事、心の底から嬉しかったこと、涙がでてきたこと、たくさんありました。何も土壌がないところから、ひとつひとつ作っていくときには、足りない所、穴だらけのところ、未熟なものがあらわになって、表で笑い、裏で泣いてきました。前は小さな子どもを抱え、子育てをしながら、また英国という未知の場所で、ホメオパシーについて色々学び、そこで暮らしながらその国の人から人を学び、ホメオパシーを通してたくさんの人たちに教えをいただきました。昨日も大阪校に行って、マッパムンディを伝えてきました。ホメオパシーを勉強するうえで何が必要か、自分が勉強したなかで最初にこれに出会い、私自身が人をみていくこと、世界をみていくこと、自然をみていくこと、レメディを考えていくこと、症状を考えること、そういう底知れない面白さと難しさを感じながら、今まで自分が生きてきたこととか、興味をもってきたこと、そういうことを全部ふくめて、ひとつにまとまる形で、勉強する楽しさというのがつながるきっかけになった、そういうタイトルでした。

私自身は、基本的には丈夫な方だったと記憶していますが、たくさんの患者さんと向かい合いながら、自分の弱い部分、強い部分、もろいところ、たくさん向き合ってきたように思います。今日、こちらに集まっていらっしゃるみなさんは、探究心旺盛で、そしてなにか人のためにできるのではないか、この世で出会った様々な出会いを大切に、その人の幸せを考えている、そういう人たちの集まりではないかという感じがします。
ホメオパシーの世界ほど、難しくもあり、また勉強していったら楽しい世界もないかもしれません。そして本当の真髄はなんなのか、誰もまだわからないかもしれません。ホメオパシーを勉強する皆さんの心のなかに、目指しているホメオパシーをぜひとも成長させていきたいという願いが先生にも私にもあります。大変なことはたくさんありますが、出会ったたくさんの患者さんと、生徒さんからいろんなことを教えていただき、今日があると思うんですね。ですからこの場はすばらしいものを、あまりたくさんではないかもしれませんが、一生懸命精進していく、成長していく、こういうテーブルを囲んで、患者さんのために何ができるか、自分たちが共に成長していく、そういう学びの場であり続けることを心から願っています。
一人一人、同志でしょうか、また仲間でしょうか、ホメオパシーということがなければ出会わなかった出会いだと思います。ぜひ日本のホメオパシー、自分のホメオパシー、皆さんのためのホメオパシーを、大きく着実に育てていければと思います。がんばりましょう。

本当の医療とは何か、本当の医療を求めている人たちが
集まってくる場所でありたい

(永松先生)

今までの10年半の歩みから、格別の思いとともに、これから良い形で日本にホメオパシーを広めて、そして本当に素晴らしいホメオパスたちを育てていきたいなと思っています。では最後に、ひとことずつ、メッセージを。

(堂園さん)

そうですね、患者さんを本当に深く理解すること、自分自身を深く見つめることで、根本的にものすごくいい医療をしていきたいなと考えていらっしゃる医療関係者の方が増えていってほしいなって思っています。ぜひ、まず体験をされて、この対談だけでは得られないようなものを体験してみていただけたらうれしいです。

(小泉さん)

こういう本質的な勉強をしたいなと思っている先生とか若い学生さんが、すごく今増えてきてるんじゃないかと思います。ここでは自分の内側にあるものと向き合える、そして発見できる、自分の殻をやぶれるようなワクワクした体験ができると思うので、ぜひ、いろんな人に体験していただきたいなと思います。

(天井先生)

本当の医療がどうあるべきかということを考えていらっしゃる方はたくさんいらっしゃると思うんですけれども、そういう方たちに勇気をもって一歩踏み出していただきたいと思っています。

(幸和先生)

鹿児島のメディアカルハウスに一歩足を踏み入れたとき、非常に感動したんです。普通の病院では、靴のままグレーの廊下を通ると、真っ白なガウンを着た関係者の方が静かに歩いてたり、不安そうな方がたくさん行き来をして、自分自身も肩に力が入ったりすることが多くあった感じがします。メディカルハウスに入って、履いていた靴をぬいで、板張りのフローリングの上に立った時、下からスーッと涼しい風が通っていくような感覚がありました。そしてそこにいらっしゃる院長先生、支えてきた文子さんとお会いして、どういう考えでメディカルハウスをつくられたかをお尋ねした。それを聞かせていただいた時に感銘をうけました。2月に永松先生の公開授業で行った時に、ちょうど、メディカルハウスでご主人様が治療をうけられて、永松学長がずっと治療をしてきた方の奥様がおみえになりました。私も面識がある方で、ご挨拶をして、文子さんが奥様に、「隣空いてるわよ、いたいだけいたらいいわ」と一言かけられていたんですね。その時、患者さんだけでなく、患者さんのご家族に気を配る現場だなと感じて胸に熱くなるものがあったんです。しばらくして奥様が出られて、「あの時の落書きがまだありました」とおっしゃったんです。夫がその部屋で、苦しみ、人生を考え、家族を思い、いろんな無念があったと思います。そこで何かを壁に書いていた、それを私は見ていないんですが、その落書きがまだあったというのが、それがなんとも私の胸に熱いものとしてこみあげました。本当の医療というのはなんなのか、本当の医療を求めている人がたくさんいらっしゃると思うんですね。小さな場所ではありますが、暖かく、本当にそういうことを考えている方が集まってくる場所であったらいいなと思います。

(永松先生)

今までいろんな方がお話になったように、人間という自然に基づいた、本質的な医療を一緒にやっていきたいなと思っています。ですからぜひ、Aude Sapereで、あえて一歩踏み出してわれわれと一緒に勉強いたしましょう。ありがとうございました。