アカデミーライブラリー
ドクターズ対談
医師を経てホメオパシーへ
現代医学の医師を経験したのちに、ホメオパシーを学びはじめられた天井先生と久先生。お二人は、東京校の7期生として学んだ同期でもあり、また今は、解剖生理病理学の授業をはじめ、ホメオパシー教育のさらなる充実に、試行錯誤されています。現代医学の現場で何を感じて、ホメオパシーの勉強を始められたのか。そして今、何を感じながら、医師として、ホメオパスとして、また講師として活動をされているのか、お話を伺いました。
「その時に、何をしなければならないのか」。
外科で徹底的に教わったことは今、ホメオパシーとつながっています
久先生
僕はね、外科をやったことはすごくよかったと思ってるんですよ。上の先生も良かったんだと思うんですけれども、「外科で一番大事なことは何か」って、よくよく言われていたんですよね。外科で大事なことは何か。外科の手術にしぼって言うと、最初に言われたのが、「オリエンテーションと、視野展開と、人並みの器用さ」。そしてこのなかで何が一番大事かというと「オリエンテーションだ」と言われました。どこに何があるのかさえわかっていれば、人並みの器用さがあれば外科はできるんだと。
もっと上の先生は、外科で何が一番大事かというと、「適応だ」と。「この人は手術をしていいのかいけないのか」を考えること、それが適応です。
この二つは、同じことを言ってるんだと思うんですよね。オリエンテーションは、適応に結びつくんです。「どこに何があるのか」ということを広い意味で言えば、「その時に何をしなければいけないのか」ということなんですよね。「この人に対して、何をしなければならないのか」。それが一番、外科では大事だぞって言われたんですけれども、それは医療でも大事だし、ひょっとしたら全てで大事なんですよね。それはホメオパシーで言うと、その人のCenter of the case(問題の核心)ということになってくると思うんです。それを外科の最初の頃に、徹底的に教わったんですよね。だから外科でやってきたことと、今やっていることというのは、自分のなかでは、全てがつながっているんですよね。
人間とは何だろうか、死ぬということ。
そして医者としての技術を磨いていくなかで、ホメオパシーと出会いました
Q:久先生は、医大に入られてから現場に出られるまで、どのような流れでしたか。
久先生
そうですね、僕は大学受験のときから、ちょっとおかしくなっちゃたんですよ。いわゆる「離人症」っていう状態で、世界が全然変わっちゃったんです。ある日突然に異次元に放り込まれたような感じになって、世界との繋がりが全くなくなっちゃったんです。現実感がないまま、結局そのままで過ごすしかなくて、それなりには過ごせたんだけれども、時々やってくる違和感みたいなものがまんべんなくあって、時々それがものすごく強く、恐怖を伴ってやってくるようなことがあったりして。そのなかで、違うところから人間を見るようになっちゃったんですよね。遠くから見てる感じで、すべてがおかしかったんですよね。人間ってなんでこんな形をしてるのかとか、目がなんでこんなところにあるのかとか、すべてがよくわからなくなっちゃったんです。
そういうなかで、「人間とは何だろうか」とか、「人間はどこに向かっているんだろうか」とか、そんなことを必死で考えるようになっちゃったんですよ。それはあとで医者になってから、また目覚めてくるんですけれど。そのなかで実は、離人症という感じはだんだん良くなっていって。その、人間とはなんぞやというところと、自分の医者としての理想はなんだろうというところがあいまって、大学の3、4年生ぐらいは、それなりに色んなことを考えた時期ではあったんですよね。
大学時代で印象に残っているのは、「お前どういう医者になりたいんや?」という話になったとき、僕は、「やっぱり患者さんとすごくわかりあえて、患者さんの立場でものを考えることができる医者になりたいんや」って話しました。そうしたら相手が、「おまえ、そんな甘っちょろいこと言ってていいんか。医者っていうのは患者さんを治せてなんぼのもんやし、たとえば性格的にすごく悪くても、患者さんを治せるほうがいいんや。いいにきまってるやんか」と。それが自分のなかではけっこうショックだった。治せてなんぼやという話にショックを受けながらも、そういう考え方もあるし、技術的なことは絶対に身につけなきゃいけないと思いました。
そして医者になるとき、どの科を選ぼうかというときに、トータルで何でもみられる医者になりたかったんですよ。何でもみられるんなら内科やろっていうことで、でも内科になったら外科ができない、救急ができないなと思ったんです。何かあったときになんでもできるような人になりたいというのがあったから、救急は絶対やっときたいなと。ちょうど僕が入った外科は、心臓と肺と消化器がセットになっている外科だったので、かなりのことが外科でもできそうだと思って、外科を選びました。
医者になったときはもう、日々が精一杯ですよ、ほんとに。日々、現代医学的な技術を磨いていくことに精一杯でした。雑用から色々なことが多かった時代もありましたけれど、だんだん手に職が、技術が身についてきて、色々な手術がうまくなっていくなかで充実していましたよね。
ただ、だんだんと、限界というのは感じてきてたんですよ。なぜかというと、ガンの患者さんを診るなかで、再発して来る人、最終的に病院で過ごす人が多くなっている。その人たちに対して、自分はなんの技術も持っていなかったんですよね。
内科的には何も治っていないなというのは、その時ぐらいには気がついていました。そしてその時に思ったのは、病気っていうのは治らない人が多いんだと、では治らないんだったらどうすればいいのかを考えるようになりました。病気が治らないんだったら、病気と共存していくような精神状態のありかたをつくってあげればいいんじゃないか。それで、精神的に何かできるようなものを探すようになったんですよね。
あとは、小さい時から「死ぬ」っていうことがテーマだったんです。小学校の時に、死ぬっていうことに気がついて。実際のところは気がついてなかったんですけれどね、ただその時に思ったのは、死ぬっていうことは自分がなくなってしまうということだと思ったんです。まったく無になっちゃうというか。それが僕のなかではすごく恐かったんです。自分が全く無くなっちゃったら、なんだこりゃというぐらい、世界がまったく意味がないというぐらい、すごくショックなことで。じゃあなんで生きてるんだろうって思って。だからといって、誰かに「死ぬんだよね」っていう話をしても誰も恐がらないんですよ。「君たちは本当に死ぬということがわかってるのか!」って感じで話して(笑)、誰もよくわかってくれなくて、でも自分のなかですごく恐くって。死というのがテーマだったんですよね。死というのを、どういう風に捉えていったらいいのかを、大学の3、4年生のときにも、たぶん考えていたんです。そのなかで、ホスピスとか、死ということと関係する仕事をしたいと思っていったんだと思います。
その、「ガンで死ぬ人を救えない」と思ったときに、そういうこと全てが、また繋がってきたんです。その流れの中で、ホメオパシーが入りこんできたんですけれどね。だから医者としての技術を磨いていくなかで、自分がもっと良い医者になるためにどうすればいいのかという流れのなかで、ホメオパシーが出てきました。
そのときは、現代医学に対してあまり疑問は持ってなかったんです。ほかに医療があるっていうことを知らなかったんです、そのときは。現代医学で良いと思っていて、それでどうしようもない部分を他のことでなんとかしたいと、その時は何の疑問も持っていなかったですね。ホメオパシーを始めてからも、しばらくの間はそう思っていましたね。
単なる治療法の一つとして、勉強を始めました。
今は、世界観を与えてくれるようなものだと思っています
Q:ホメオパシーを勉強されて、学校を卒業して今というなかで、ホメオパシーについての考えはどのように変わられましたか?
久先生
最初は単なるひとつの治療法として、テクニカルな感じで勉強しはじめたと思いますね。勉強していくなかで、これは単なる技術の問題ではなくて、世界を説明してくれるようなものだなというのが、だんだんわかっていったんですね。
それまでに、例えばシュタイナーの思想にも触れていたので、自分なりにそれなりに広い視野をもっていたつもりではいたんですよ。でも、それをもっと広げてくれたというか、世界観を与えてくれたというか。学校案内に書いたことは、実感として本当に思いますね。ホメオパシーというのは、宇宙大の法則みたいなもの、宇宙全体を貫いている大きな道理みたいなものだなということ。その世界観から現代医学をみてみるなかで、現代医学はこういうことをしているのかということが、だんだんと、はっきりしてきた。そして現代医学のなかにいるんだったら、こういうことをしていくのがいいのではないかということが、だんだんとはっきりしてきました。
現代医学を求めている患者さんに、いま何ができるのか
Q:いま広いところから見たときに、現代医学をどう捉えていらっしゃいますか?
久先生
ある一定の意味を、ちゃんと持っていると思います。授業でも出る話なんですけれども、救急医療というのは、絶対的に現代医学が必要な部分だろうと思っていますし、そのこと自体は、ホメオパシーと全く矛盾するものではないと思っています。救急医療は、その人が絶対的に足りなかったり、あるいは多すぎたりするものを、その時その人の力でなにもできないときに、それをある程度どちらの面からも補ってあげて、その人が回復してくるまで待つような、あいだを取りもっているような医療だと思うんですよ。それは外せないと思っています。
あとは、やっぱり現代医学を求めてくる患者さんもいる。そんななかで、色々な救い方があるというのも、だんだんわかってきたんですよね。だからいまの時点では、現代医学というのは絶対に必要だと思っています。現代医学を求めてきている人のなかで、その範囲のなかで、どうやってその人を、その人にあったかたちで癒していけるのか。自分がその技術を持っているかというと、そうではないと思うんですけれども、なんとかしたいというのはずっと思っています。
現代医学の病院と関わっていたいなというのが、どうしてもあるんですよね。そして患者さんの診察をしていくなかで、その患者さんの病気に対する見方とか、人生に対する見方とかが、少しずつでも広がっていって、そこでホメオパシーなり、他の何かでも構わないとは思っているんですけれども、その人がより根本的に良くなるように、より根本から気づいてもらって治癒に向かっていけるようになればいいなって思います。たとえばテクニカルな面でホメオパシーを知らなかったとしても、そういうことができるお医者さんはいっぱいいると思うんですよ。テクニカルなものを越えた何かで、できることがあるような気がします。
天井先生
いま実際に医療の現場にいる医者に、そういう意識を持ってもらうのが大事なんだろうなって思います。私は医者をやめてしまっているので、学校を卒業してホメオパシーを実際にやっていこうと思ったときに、ある意味で、待っているような立場になってしまって。色々つなげてあげたい患者さんはいっぱいいるはずなのに、そこに自分がアプローチできなくて、どうしたらいいのかと考えた時期がありました。いまは振興会でセッションをしているんですけれども、それも来てくださるからその人と出会える。普通の病院で色々と困っている方はたくさんいるだろうし、そういう人に何か気づいてもらうとか、そういう場が増えていったらいいなと思いますね。現場にいながら、ホメオパシーを何かのかたちで取り入れるとか、取り入れるところまでいかなくても、考え方を知ったうえで実際に診療するとかね。そしてそこから、ホメオパシーの専門家に繋がりができる、そういうかたちになるといいなって思いますよね。実際に、これからどういうかたちでホメオパシーが広まっていくのかということを考えた時に、医療の現場の人たちに、しっかり知ってもらいたいし、その繋がりが欲しいなと思っています。
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