アカデミーライブラリー

レメディー物語

ベラドンナ
(Belladonna)

夏の強い日差しを避けて、蘭子は街路樹の木陰で足を止めた。

 

午後3時。
髪を短く切ってから、なんとなく頭が寒く、調子が良くない。
繁華街の雑踏が近く、
蝉の声に混じってたくさんの音、匂い、色が飛び交っている。
こういう所では、木々や土の香りは、わずかにしかしない。

 

蘭子は目をつぶり、そのわずかな香りを確かめた。
木の香りから、ある記憶が蘇る。

 

子供の頃、近所で山火事があった。
大きくてどうしようもない炎に、全てが飲み込まれていった。
その光景を、ありありと、今でも良く覚えている。

 

視線を感じて目を開けると、
黒い猫が、じっと蘭子を見ていた。
まただ。黒い猫は時々こうして現れる。

 

蘭子は再び歩き出し、繁華街にある占いの館に向かった。

 

蘭子はそこの人気占い師で、今日も予約が一杯入っていた。
大学を出て商社に就職したが、
社長と大喧嘩して、啖呵を切って辞めてここに来た。

占いは以前から好きでよく研究していた。
薄暗い店内の水晶玉の前で背筋を伸ばして座り、
入ってくるお客の足音、匂いを感じ取り、
人の見えないものも見えてきて、面白いほど良く当たる。

 

お客との会話もすごく楽しい。
客で来た加代子とは親友になった。
とても素直な良い子で、騙されやすいので目が離せない。

深夜、受話器を持ったまま、加代子は青くなった。
「蘭ちゃんが怒った。」
付き合っていた彼に、
今度結婚する(他にいたらしい彼女と)と言われて、
思わず蘭子に泣いて電話したのだ。
すると蘭子が烈火のごとく怒って、彼をとっちめてやるって・・・。
この時間に1人で乗り込むつもり?
加代子はハッとして身支度した。
怒った蘭子は何をするか分からない。

 

「あの子のこと何だと思ってるのよ!」
蘭子は、部屋に乗り込むやいなや
大きな男の胸ぐらを掴んだ。

激流のように頭に血が昇っていた。
「やめろよ。近所迷惑だろ」と言う男の冷静な顔が癪に触り、
殴りつけた。

「蘭ちゃん、やめて!」そこに加代子が駆けつけてきた。
「あんたが何も言えないから言ってやってんのよ!だいたいあんたもね・・・」
後ろから触れた加代子にもカッときて、
ふりほどこうとしたとき、突然、ズキン!と痛みが走った。

 

額の右側を押さえてよろける蘭子を、加代子が慌てて支えた。
顔が赤く、頭がすごく熱かった。
加代子は、とにかく蘭子を部屋に連れて帰った。

 

高熱があり、壁に黒い虫が一杯いるとか言っている。
朝になったら病院に連れて行かないと。
綺麗で、頭が良くて、強い蘭ちゃん。
怒ると怖いけど、いつも本気でぶつかっていくから凄いと思う。

 

昼間の黒猫も幻覚だったのだろうか?
うつ伏せに寝た蘭子は、壁を這い回る虫を見ながら思った。
突然の頭痛は、突然治ったが、
今は照明が眩しくて目がおかしい。

 

加代子は虫などいないと言う。
可哀想な加代子。
ろくに話しも聞かずに、やり過ぎただろうか?
カッとして頭に血が昇ると、自分でも止まらなくなってしまうのだ。

 

加代子がレモネードを作って持ってきてくれた。
蘭子は赤い顔を上げ、輝く瞳で加代子を見つめ、
冷たい手を差し伸べた。

Bell(ベラドンナ)は、ナス科の植物で、レメディです。ベラドンナとはイタリア語で『美しい淑女(bella donna)』という意味を持ち、中世ヨーロッパの社交界において、貴婦人たちが瞳を大きく見せるために、ベラドンナの汁を目にさしたことは有名です。突然高熱を発し、感覚が敏感になり、灼熱感があって目がキラキラ輝くといった特徴があります。天使のようだったかと思えば悪魔のようになったり、症状と同じく、内側にとても激しいものを持っています。

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