アカデミーライブラリー

レメディー物語

ライコポディウム
(Lycopodium)

これは、病床のL氏が私に語った話をまとめたものである。

 

L氏は、私が友人を見舞いに行ったとき、たまたま友人と同じ病室に入院していた患者であった。L氏にはあまり見舞い客がないらしく、一度も見かけなかった。以下の話によると、妻子もないようだ。

 

(メモ)
L氏は、齢52歳、男性。
肝臓病の治療のため入院中。病気のせいか歳よりは少し老けて見える。
大学を卒業後、司法浪人を重ねて弁護士となったらしい。仕事振りは堅実だったようだが、華々しい活躍があったわけでもなかったようだ。
顔色は悪く、少し黄色がかって見える。額には目立つしわが3本、そして眉間に縦のしわもある。腹の周りに脂肪がついて恰幅がいい割には、上半身はやつれた感じでどこかアンバランスだ。なんとなく威圧的で、雰囲気はお世辞にも友好的とは言いがたい。しかし自分の半生を見ず知らずの私に語ったところをみると、実は人恋しいタイプなのかも知れない。

* * *

 

私は、子どものころから病気がちだった。食べものを食べただけでよく腹痛や腹痛を起こしていたし、腹もすぐに張っておならがとまらないし、すぐに胸焼けもするし、大きな病気というのではないがとにかく虚弱体質だった。また運動も苦手で、あまり活発な子どもではなかった。

 

勉強と運動がともにできてはじめてすべての人から優秀であると認められるのに、私は体が弱くて運動ができなかったものだから、その分を穴埋めするためにも勉強はよくやった。

 

幸い勉強はできないほうではなかったが、生まれながらの天才といったタイプでもなかった。中学校ではずっとXという同級生がトップの成績を収めていたが、彼などはまさに天才といったタイプで、特に勉強しなくても勉強ができたタイプだった。彼の前ではいつも、自分が小さい人間であるような気がして劣等感を抱いていたものだ。自分より成績のよくない同級生に対してなら、自分の優秀さを感じられて気分がよかったのだが。中学校だけでなく高校・大学でもそうだった。私の成績は、学生生活を通じてたいてい上の下、といったところで、試験のたびに今度こそは失敗するのではないか、今度こそは自分より成績の悪い同級生たちに負けてしまうのではないかと不安になった。不安になるとしばしばお腹が痛くなった。腹痛を抱えて試験を受けたことも一度や二度ではない。結果的には試験はいつもなんとかうまくいったのだが、とにかく試験は好きになれなかった。なんとなくいつも、自分の化けの皮がはがされるような気がしていた。

 

両親との関係は親密だったとは言えない。私は友達が多いほうではなかったので(彼には、心を許しあったいわゆる「親友」のような関係の友人がいなかったようだ)、両親はそれも心配していたらしい。心配して口うるさくされるとますます自分が弱い人間のように思えて、気に入らなかった。それでよく家族には当り散らしていた。両親に何か自分の問題を相談したことはない。親などは子どもを育てるのが義務なのだから、子どもの言うとおりにしてやればいいのだ。

 

大学に入ってからも、相変わらず体は丈夫ではなかった。野菜や豆などを食べるとよく消化不良を起こして胃を痛くした。だからあまり自炊などはしなかった、面倒なことも嫌いだったし。酒が好きだったこともあって、よく居酒屋に一人で出かけててっとりばやく食事をしていた。居酒屋なら自分の好きなものが選んで食べられるし、人が多くてざわざわした感じも好きだった。誰かと一緒に飲むのはあまり好きではないのだが、周りに大勢人がいるのは嫌いではない。よく友人には年寄りじみていると言われていたが、性格なのだからしかたがない。実は甘いものも好きだったが、これを人に言うと女子どもみたいだとバカにされそうな気がしたので言わないようにして、こっそり飴玉などなめていた。とにかく食べものには好みがあって、好きなものだけを食べていた。今の病院食なども嫌いなものが多くて嫌になる。

 

将来は、医者か弁護士になると小さい頃から決めていた。男に生まれたからには当たり前だ。世の中は金という権力にしたがって動いているのだ。金があればいい生活もできるし、周りの人間もちやほやする。女も手に入る。愛だの恋だのに時間を費やすのは、はっきりいって無駄なことだ。学生時代には何人かの女とつきあったこともあったが、ほとんどは欲望の満足のためであって、結婚などという話を持ち出されると面倒で別れてしまった。それとて、私が弁護士になるつもりで勉強していたから女の方がつきあってくれと言ってきたのであって、向こうだって計算ずくなのだ。やっぱり世の中は金で動いている。まあそんなわけで、女にはそれほど困ったことはなかったし、今も困ることはないが、いまさら結婚するつもりも毛頭ない。いまさら家族を作るなど面倒だし、第一私を好きだという女がいるとも思えない…。

 

今回は肝機能障害で入院している。以前、胃潰瘍で入院したこともあった。とにかく消化器系が弱いらしい。

 

若い頃には、今の私の年齢に達すればそれなりの社会的地位を得て満足するのだろうとなんとなく思っていた。しかし、今実際にその地点に自分が達してみるとそうでもない。私より優秀で金持ちの弁護士はゴマンといる。まだ年寄りというには早いのに、最近は記憶力が低下してきてどうしたことかと思っている。以前に弁護士仲間と会って話をしたときに、私の言ったことで仲間がちょっと顔を見合わせてあきれたような顔をしたのも気になっている。その話の内容も今ちょっと思い出せないのだが。

 

まあ、少しくらい記憶力が低下しても、今抱えている大口の顧客は今まで私のしてきた仕事には感謝しているはずだ。私はそれだけの大きな仕事をしてきたのだから、当然といえば当然なのだが。君も当然そう思うだろうね?

ライコポディウムは、植物のコケスギからできています。コケスギは、昔は高さ30メートルにも及ぶ巨大なものでしたが、今では小さな1メートルくらいの植物です。「大きな杉になるはずが、途中でイジケてコケになった」と冗談のように言われますが、そのような心持ちは、ライコポディウムの特徴をよく表しています。ライコポディウムの中心には、極端なまでの「自信のなさ」があります。そして自信がないゆえに、時に臆病になり時に傲慢になる、「臆病さと傲慢さ」という両極を持っています。自信のなさゆえに努力の人でもあり、努力を重ねて「先生」と呼ばれる仕事に従事している人にも多いレメディーです

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